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自由人たぬきちのブログ

地方×都会のデュアルライフとシンプルライフを実践する、兼業投資家のたぬきちだよ

働かないおっさんに意義がある。

たぬきち論

最近、「働かないアリに意義がある」という本を読みました(後で要約を書こうと思います)

働かないアリに意義がある<働かないアリに意義がある> (メディアファクトリー新書)
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この本を読んで、よく批判されている「働かないおっさん」にも意義があるのではないかと考えて、試しに、働かないおっさんのメリットをあげてみました。
意外と社会的に意義があるのかもしれません。

企業の余力となる

「働かないアリに意義がある」の本で述べられている、
働かないアリがいることで、仕事量の増減に応じて労働力を供給できる
というメリットがあると思います。

もちろんこれは、おっさんである必要はありませんが、経験という点では若者よりも豊富で、様々な突発的な仕事に対して対応力があるともいえます。
若者は体力面で優位なため、その体力で補うことも可能でしょうが、その体力を使いきった後の最終手段として、おっさんが活躍するという未来が見えます。
つまり、救世主おっさんです。

高額な給料に対して見合う役割といえば、どうともいえませんが、
本当にピンチになったときの保険と考えると、見合うような気もしなくもないです。

社会的需要となる

おっさんには大抵家族がいます。
社会に独り立ちした子どもがいるおっさんならば大丈夫でしょうが、ニートを持つおっさんや、博士課程の学生などを持つおっさん、子宝に恵まれて、多くの大学生を抱え込むおっさんなどもいるわけです。
また、時代的に、妻が専業主婦のおっさんもそれなりにいると思われます。
さらに、おっさんの親世代が要介護となると大変です。
おっさんは社会的に多くのお金が必要なのです。

おっさんに支払った給料が、家族にいきわたり、その家族のニーズが社会的需要となって、企業の内需として戻ってくる。
そう考えると、高給取りの働かないおっさんも必要な気がしてきます。
もし、おっさんの給料が低かったら、子どもへの教育の質の低下につながり、町が不良に溢れたり、
妻の節約志向に拍車がかかり、市場にお金が出て行かなくなり、モノが売れなくなったり、
親世代の自宅介護が困難となり、行政の介護負担が増えたりといった、社会への悪影響が考えられます。
結果的に市場でモノ・サービスが売れなくなって企業が倒産するということにもなりかねません。

おっさんに余分にお金を払っていたほうが、社会的な余力が増えて安定度が増す、ような気がします。

特定の若者のモチベーションになる

意識高い系の学生が働かないおっさんのいる大企業に入ったら、やる気を失ってしまうかもしれませんが、
はなから年取ったら楽して安定して生きていきたいと思って大企業に入る学生も多いはずです。

そんな学生にとって、「働かないおっさんという未来」は非常に魅力的なのではないでしょうか。
そんな働かないおっさんになるために、若いうちに頑張ろうというインセンティブが働くはずです。
逆にいえば、そんな学生のほうが大企業にとっては都合の良いコマになるのではないでしょうか。

働かないおっさんを目指さない意識高い優秀な学生は、大企業など行かず、起業やベンチャーを選んだほうがいいともいえます。

働かないのではなく、働くほどの仕事がない可能性

大企業の中で生き延びた働かないおっさんは、それなりの経験や力を持っているはずです。
しかし働かないというのは、単純に働くのが面倒くさい人も多いとは思いますが、自分が働くほどの大変な仕事ない状態だからとは考えられないでしょうか。
働かないアリというのは、刺激に対する反応閾値が高く、大変な仕事でないと働かないということです。
おっさんも、やってもやらなくても大した売上にならないことを、あえてやる必要もないと思っているのかもしれません。
逆にそんなとるに足らない仕事をして体力を消耗したり過労死するよりは、本当にピンチの時に活躍するために体力を温存しているとも考えられます。
その場合、企業の持続可能性に貢献する行動は、「働かない」になります。

働かないおっさんにも意義がある?

今回は、働かないおっさんの良い点(メリット)についてだけに着目して考えてみました。
意外と意義がありそうな気がしています。
皆さんはどのようにお考えでしょうか?

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